完璧主義はアラサーで卒業!

頑張り屋さんが自分らしく楽しめるためのコーチング

秋山 雪乃です。

****************************

💛前回までの自己紹介はこちら💛

人生のコアビリーフはこうやって作られた 〜自己紹介1〜 幼少期編

ないからの行動でも上手くいく?! 〜自己紹介2〜 中学生編

****************************

 

 

アメリカでは

「アメリカ人みたいになる!」

「ネイティブのように英語がぺらぺらになる!」

という目標を達成するため

 

朝5時起き

 

夜2時就寝

 

英語ができなかったので、

睡眠時間以外はほとんど勉強という生活を2年くらい続けました。

 

勉強で自分を追い込んでいた上に

人間関係でも無理をしすぎていました。

 

私が住んでいたカリフォルニアは

日本人が多い地域。

 

ただ、日本人が多いといっても、

日本よりはもちろん少なく。

 

狭い村のような人間関係が見られることもしばしば。

私も日本では絶対に話さなかったような子と関わることになり

合わない人と上手くやらないといけないというプレッシャーから

不満がどんどん溜まっていきます。

 

極度に自分を追い込んだ結果

だんだん集中力が落ちて

あんなに良かった記憶力が発揮されなくなり

 

「あれ?私最近笑ってないな?」と思うようになり

心身の調子を壊すように

 

そこから、親にカウンセリングを受けるように言われ

カウンセリングを受けるようになります。

 

思い返してみると心身の調子を崩してしまったのは

自分は失敗してもOKという気持ちが薄く

 

自分の自信のなさを

 

勉強

 

ファッション

 

人間関係といった

 

自分の内側ではなく

 

外側で埋めていたから。

 

 

私の行っていた高校では

家庭環境が複雑だったり

生きづらさを抱えている生徒に対して

学校から無料でカウンセリングの場が提供されていました。

そこで、アメリカ人の子供3〜4人と一緒に

グループカウンセリングを受けることに

 

そこで思ったのは

 

国籍は違えど大変なのは一緒なんだな

 

根幹にある感情の部分は一緒なんだな

 

ということ。

 

なかなか普段話さない生徒とも

深い話をできることができました。

 

 

カウンセリングを受け始めて1〜2年立った頃

日本人と離れて、何かチャレンジしたいという気持ちや

現地の人ともっと関わりたいという気持ちが

芽生えていたので

他国からの留学生や現地の子とより関わるようになります。

また、ディベート、日本語で言うと討論のクラスを取ります。

当時の私にはハードルが高かったんだけれども挑戦することに

 

当時自分の考えがあったわけではなく

みなに示唆を与えるようなことは言えないと思っていたので、

当たり前のことでも良いから何かしら発言しようをモットーに

何かしら発言していました。

 

ここのクラスでとっても感動することがあり・・・

 

宗教的に対立するユダヤ教とイスラム教を信仰する生徒が

熱く議論をし、議論の途中は「喧嘩?」と思うほど

激しくやりあっていた二人の生徒が

議論が終わった後に

「自分とは意見は違うけれども

違う意見を持っているあなたを尊敬するし、

違う視点くれたことをありがとう」と

感謝しあっている姿を見て

私の中でふつふつとある感情が湧き上がってきました。

「ひとりひとりの個性や考えが

尊重される社会にしたい」

自分もどんなに個性的な人であっても

ひとりひとりの個性や考えを活かす

お手伝いをしたいとこの頃から強く思うようになります。

Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加
このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です